​シリーズ:アーティストの対話 第1回

コンテンポラリーダンスの行方(後半)

編集・テキスト:竹田真理(ダンス批評)

テープ起こし:関珠希

2020年1月11日 

時間:15:00-17:00  
会場:京都 徳正寺  
参加費:無料 

出演:ディーン・モス / 山下残
企画・通訳:余越保子 通訳:浜辺ふう
企画・進行:水野立子 Dance Camp Project

全国各地のコンテンポラリーダンス・プラットフォームを活用した振付家育成事業2019「ダンスでいこう!!」の<城崎プラットフォーム:Dance Campクリエイション&ダイアローグ・ワークショップ by ディーン・モス&余越保子 (会場:城崎国際アートセンター)>の関連事業として、2020年新春、京都のお寺・徳正寺で行われたトークイベント「アーティストの対話」の編集記録を掲載します。

 

登壇したのは、Dance Campのファシリテーターを務めたニューヨーク拠点のアーティスト:ディ-ン・モスと、京都在住の振付家・ダンサー:山下残の二人。同じくDance Campのファシリテーターで、振付家の余越保子(現在は京都拠点)が、ディーンの通訳と米国のダンスの歴史や状況の解説役として加わりました。

ニューヨークと京都、二つの都市におけるダンスの歩みと未来について、各々の経験を交えてたっぷりと語られます。前半と後半に分けてお届けします。

水野立子(司会、以下水野):後半の時間に入ります。今回は「ダンスの行方」というテーマですので、私達はどこへ行こうとしているのか、それぞれが希望を感じられるトークになればよいですね。先ほどのディーンさんのお話にあったアイデンティティーワークは、米国では80年代から始まった。しかし、日本ではこれまでコンセプチュアルな作品というものは人気が出なかったと思うんですね。欧米でコンセプチュアルな、身体を使わない表現が多く出てきても、日本人はそういった作品をあまり好まない傾向にあったと思いますが、最近では少し変化があるように感じているのですが。

観客がタッチできる作品を

 

水野:残さんが先ほど日本でアイデンティティーワークをやるとブログ的なダンスになってしまうと言われましたが、その「ブログ的な」の意味は、そこに現れているアイデンティティーの指すところが、プライベート過ぎて他者と共有しにくかったからではないでしょうか。今日食べたケーキが美味しかった、とか私は山に行きましたとか、観客の存在を想定しない個人の日記というものですね。他者を巻き込まないコンセプト。そういった個人的なことを題材にした作品が量産されるようになってきたことに、観客はどう反応してよいか困ったのではないかなと思うのです。これからの時代は、個から始まった思考や事柄にタッチでき全体を包括する力のあるコンセプチュアルな作品が求められ、且つ、それが身体性を伴った表現といったものに未来があるような気がするのですが。

ディーン・モス(以下、ディーン):Dance Campのワークショップで私達が関わったあるアーティストの作品はとてもコンセプチュアルかつエンターテイニングで、私もとても楽しんだんですが、コンセプチュアルワークというのは、ハイアートでどこか違うところにある手の届かない訳の分からないものではなく、すでに誰でもタッチ出来るもので、とてもエキサイティング、かつドラマチックでエンターテイニングでもあるんです。それについて僕は喋っているので、ヨーロッパで起きているような退屈で誰も触れないような作品の話はしていないです。

水野:そのDance Campでの例では、最初に彼らが持ちこんだ作品から7日間で最終的にお客さんがタッチ出来る作品になったわけですが、その7日間に何が起きたのか、というところがポイントですね。それはメンターであるディーンと余越さんが彼らを、突っつくというか、気付かせた、そこに至るまでの、メンターの関与の仕方があった訳ですよね。それはすごく大事かも知れないですね。残さん、どう思いますか?

 

山下残(以下、残):タッチ出来ないことをもっと突き詰めた方がいいんじゃないかなって気がするんですよね。中途半端だと思うんです。中途半端なところで共有しようとするから何かおかしなことになってしまう。個人としてコンセプトやアイデンティティーを創作している人達が、周りの意見を創作途中であまりにも聴き過ぎじゃないか、もっともっと勝手に訳の分かんないことをやりつくして、そこで初めて普遍性みたいなものに辿り着くっていうことが芸術には可能なんじゃないかなって思うんです。ダンスというのは、やっぱり発表に至る過程でプロデューサーをはじめいろんな方の意見が入って来ますから、なかなかそこまで辿り着けないんですよ。だから僕は、もっとタッチ出来ないものをとことんやるべきだと、思う派ですね。

ダンスと政治性

 

水野:ここまで、お二人から、日本とアメリカのダンスの歴史、コンテンポラリーダンスの現状、そして今からどんなことが未来に向かってありうるだろうかというお話を伺いました。今日ここに来ていただいた皆さん、ダンスの行方を見たいと興味があって来られていると思いますが、折角少人数の場ですので、ご意見やお二人に聞きたいことなど何でも結構です、何かありませんか?

 

参加者1・ダンサー:ダンスをしています。私がダンスに出会ったのは大人になってから、京都の街でワークショップに参加することから始めました。私はコンテンポラリーダンスを、身体の使い方とか作品性とかではなくて、ダンスをどう踊るのか、自分がダンスをどう考えているのか、自己批判することから生まれるダンスだと思っています。ダンスって端的にいうと、踊る人の欲望なんじゃないかって思う。本当は誰もが踊れるけれども、踊れないような社会とか環境とかに立っていることを気付かせてくれると、実感として思います。何で踊っているのかということに自覚的になってしまったのがコンテンポラリーダンスなんじゃないか、だからどんどん複雑になっていくんだろうって。私自身、最初は見方が全く分からなかったダンスの見方がハッと掴めるようになって来たのは、その人が何を踊ろうとしているのかを想像して見ようとすることを知ったから。その時間その人の体の中を歩いて行く感覚で。コンテンポラリーダンス作品の良いところってきっとそういう作法なんだと思います。

参加者2:今のお話、日本の歩んで来たコンテンポラリーダンスの良い面と悪い面が典型的に表れていると思いました。良い面は民主化したということですね。ダンスは誰にでも踊れると。踊りたい欲望があれば、あなたはもうそれで充分にダンサーである資格があるんだということを肯定していく。それはコンテンポラリーダンスが培ってきた価値の一番大きな部分だと思うんですが、マイナスの面を言うと、大きなストラクチャーというものが何も見えて来ないんですよ。自分が今、どんな社会のどういう構造の中に置かれているかという視点がないから、私は私のこの体に息をするという以外に立ち位置がない。そのことに疑問を持ち始めたのがちょうどコンテンポラリーダンスがピークを過ぎた頃。果たして私達は今、どこに立つべきなのかと探す状況が10年あまり続いて来たのだと思います。

アイデンティティーワークのお話がありましたが、私達が日本でアイデンティティーワークに出会うようになったのはKYOTO EXPERIMENTなど国際フェスティバルの時代に入ってからですよね。ピチェ・クランチェンなどがそうですが、アジアや世界のいろんな国のダンサーや振付家が自分達の民族伝統の舞踊をベースにしながら、それを今この時代を生きているアーティストとして現代にアップデートしている。その中に当然アイデンティティーの問題は入ってくるわけで、逆にブログ的な作品を作っていた私達が、「あ、こんなに政治的に作っていいんだ」とか、自分は何者であるかということをこれだけ言っていいんだと気付いた、そういう10年だった。

その間、もし私達が足元でアイデンティティーワークを見てきたとしたら、まず障害のある人達のダンスですよね。あるいは路上生活をする人達が路上生活者であるというアイデンティティーのもとにグループを作って踊ってきた。最近では京都の東九条という場所にTHEATRE E9が始動して、差別も含めた地域の歴史にフォーカスした作品が演劇でもダンスでも上演されました。ディーン・モスさんが80年代から90年代にニューヨークで経験されたアイデンティティーワークに近いものを、私達はここ10年か15年の間にいくつかは見て来たのかもしれないです。ただ、ダンサー自身が自らを当事者として、アイデンティティーの語り手、主体として作品を作っていくかとなると、モスさんはこれからが面白いと言われましたが、私は悲観的に見ています。日本人の作家の中から果たしてそういった、ある意味政治的な主張を含む作品が出てくるかどうか。

水野:ありがとうございます。私がよく聞くのは日本のダンスを作る作家は政治的なこととか、3・11福島のことを扱うような作品は敢えて、絶対に作りたくないという見解です。演劇ではそういうテーマをたくさん扱うけれど、ダンスのジャンルでは「自分達はそういうことを作品には持ち込まないんだ」と断言するアーティストがとても多かった。それについて残さんはどう思いますか?

 

:例えばコンテンポラリーダンスでは今でも山海塾が人気があったり、勅使川原三郎さんの名前もよく聞きますけども、個人のアイデンティティーを扱う感じの作風ではないですよね。若いアーティストが世に出るためには、世界的に活躍している振付家やカンパニーに倣ってしまうのは仕方がないのでは。アイデンティティーだとか政治的メッセージを盛り込んだ途端に、狭いコミュニティの中だけで終わってしまうんじゃないかなって、普通にそう思うのではないですかね。

 

水野:若い振付家の方達はどうですか?政治的なことは絶対に扱わない、そうしたくないというのはなぜなのか知りたいですね。

 

参加者3・ダンサー:そうしたくないと思ったことはないです、普通に福島のことも私の中にずっとあることだから。ただ作品の中で扱うものとしては問題が大きいし、ものすごくいろんなことを学んだ上でやらないといけないことだと私は思う。

余越保子(以下、余越):それはニューヨークでも、例えば9・11がありましたが、あの当時、それについて作品を作るには、ニューヨーカーにとってはあまりに身近な事件で、誰も触れない。といいますか、悲劇や人が亡くなるっていう災害、或いは戦争やテロ、そういう作品はやっぱりすごく避けられています。福島が日本人にとってはアキレス腱なのかな、日本人の意識の中枢の部分の問題なのだけれど、なかなか触れられない。

 

ディーン:皆さんに質問したいのですが、舞踏は政治的だと思われますか?あれは個人的にも社会的にもとっても政治的なものだと思うんですけど、そうではないですか?

 

参加者4・ダンサー:僕がダンスをはじめたきっかけは舞踏やったんですけど、舞踏でもいろんな人がいて、土方巽の老人とか障害を持った人とかそういう動きをダンスに取り入れるのはすごい政治的な部分もあるなぁって思いましたね。でも今の舞踏はいろいろと拡散し過ぎて、訳わかんない感じになってるなぁと。何が舞踏かといわれると迷ってしまいます。

水野:舞踏の成り立ちの背景を見ると、60年代に出てきた暗黒舞踏の時代はとても政治的だったし、彼らはそれを意識して社会に対する“アンチ”として打ち出した。だからメッセージもあったし、体の表現も既存の舞踊とは異なるものを追及していったと思います。だた、それがいまや50年以上経って、もう誰も舞踏イコール政治的だとは思っていないように思います。舞踏というジャンルとしてカテゴリー分けされ、様式や形式が先に立ってしまい、本質が機能しなくなるとすれば残念です。白塗りや異形ではなくとも、アートだからできる役割はあると思うのですが。

 

ディーン:ポストモダニズムのダンスも、もっと前のモダニズムのダンスも、どちらも政治的な背景を持って生まれてきました。現在ではただのスタイルへと形骸化してしまっていますが、生まれた時は政治性を持ってこの世に出て来たんですね。新しい世代がもの作ろうと社会に出てくる時は、必ずやそれまであった既存のものを壊して前に行こうとする力が働くと思うんです。

アーティスト個人の目線で作る

 

水野:私はこの時代だからそういうものが逆に見たいと思うんですよ。多くの弱者の目線は、今の政治に対して、社会的な格差に対して、もの申したいけれど、ただの文句にしかならない。でも、アーティストだったらそれを作品にできる。そういうところに夢があり、力がある。

アーティストにしか出来ないことの1つだろうと私は思うんです。

福島のことも勉強しないと変なこと言えないというのは、間違ったことを言うと批判されることが怖いということも勿論あるでしょう。けれども大勢の意見を聞きたい訳ではなくて、あなたの意見を聞きたい。個人のアーティストの声がパブリックになるところを見たいと、私は思っているんです。それが全体を変えて行くのではないかなと。

 

参加者5・ダンサー:ただ、それを作品にしたとき、多重構造の中の個人、一つの目線だっていうふうに見ることができなくなるって思う。

 

ディーン:もし私があなたの作品を見に来たとすると、なぜ見に来たと思いますか?

 

参加者5・ダンサー:それは、私の目線、扱う者の目線を知りたいから?

  

ディーン:そうです!あなたの人間性とか弱さの部分にあなたが細かくちゃんと向き合っていればいる程、私はそれに興味を持つと思います。私があなたの作品を見たいと思うのは、あなたの人間性を見たいから。あなたが自分の弱さを晒せば晒すほど、人間性を押し出せば押し出すほど、僕の中の人間性とあなたとが繋がったことになるので、あなたの作品により興味を持つと思いますね。

私はこの高い位置でワイヤーを張った危ない綱渡りの状態を見たいと思っています。それはとても危険なことですよね。作家の正確でシャープな切り口が必然的にリスクを負うことになる。ワイヤーの上を歩くに等しいリスクです。それを見ている人が心揺さぶられるんです。あなたが払うリスク、弱さ、危険なものを見ようとする態度に期待しています。それは私達に生きているということを確信させるのです。

余越:多分、福島の問題はとても大きくて、触れることに対する各々の恐怖とか不安があると思うんです、或いは「全然分かんないよ」っていうその分からなさとか。ただ、それらを細かく作品に起こすことは可能だと思うんですよね。だから、福島が、とか、原発がどうだとか、そういう政治についての正しさだとか「こうありましょう」というメッセージではなくて、自分がどこまで怖くてどこまで不安でどこまで分からない、その分からなさ、不安感の細分化はアートになると思いますよ。そこが作品になると思うんです。

 

参加者6:「震災のことって、震災のことをより知らないと作れない」とういう気持ちは僕も聞いていて分かります。でも自分がそのことと距離があって、どんなふうに関われば良いのかが分からないこと自体、すごく面白いし社会性のあることで、見る側の僕も分からないという意味でシェアできるものがあるのではないかなと。だから必ずしも勉強しないといけない訳じゃない。知識ではなくて作家の関わり、関係性自体を作品として受容できるのではないかなと思いました。

作るには面白い時代

 

水野:皆様、興味深い話題をありがとうございます。そろそろ時間も迫ってきましたが、これは言っておきたいということがある方、ぜひお話しください。

参加者2:ダンスが今難しい時期にあるというのは、もしかしたらダンスのせいではなくて、少子化で若者人口が減っているとか、90年代バブル期に潤沢だった企業からの資金もなくなったとか、そういう外的な問題ゆえであって、焦っても仕方ないということはないですか?そうだとしたら、各々が今出来ることをやるほかないという地点に立てるのでは?残さんがおっしゃったように、時代がサイクルしてまた次が来るとしたら、今は消えずにサバイバルする。何か人がワーっと集まってくるような大きなことを発想せずに、とにかくここは生き延びるんだという戦略を取る。そういう考え方は出来ないでしょうか。

 

水野:では、ご自身は今の時代の作品に割と満足している、面白いと?

 

参加者2:全体の波としてブームというものはないかも知れないけれど、1つ1つ見ていくと面白いものはありますね。そういう状況だと思う。

水野:若い世代の皆さんは、自分たちの見るもの、作るものに満足していますか?

 

参加者4・ダンサー:満足はしていないですねぇ。

 

水野:どういうところが?

 

参加者4・ダンサー:学生の時、いろいろ舞台見に行かなくちゃって思って、いろいろ見に行ってたんやけど、なんかだんだんと、あんまり面白いのがなかなか見れないなぁと思って、それで最近あんまり舞台見に行けてへんなぁって感じになってるし、でももっと面白いもん作りたいし、見たいし、どうしようかなって思ってるところですね。

 

(長めの間。大笑い)

参加者7:僕個人としては演劇的な表現の方に関心を持っていたんですが、今、もう演劇とかダンスとかって分けることに意味がないように感じています。どうジャンル分けされようとも、やはり関心を引くもの、面白いもの、力のあるものは一定数あると思うし、出来るだけそういうものを受け入れていきたいと思っています。

正直「ダンスの行方」っていうより、ダンスの概念をもっと広く考えてもいいし、もしかしたらアートという括り自体も、もっと広く捉えることが出来るんじゃないじゃかなぁ。例えば、残さんが去年されていたマレーシアの選挙に取材に行って最終的にはパフォーマンスをするっていう作品も、演劇なのかダンスなのか、或いは政治活動なのか、もはや分からないような活動だったと思うんですが、そんなふうにアートとかダンスとかっていう言葉に限定される必要は全然ないと思っています。

水野:なるほど。そうですね、本当にカテゴリーはもうないですものね。

では最後に、お二人からエールを皆さんに頂きたいです。

 

:僕は京都を拠点にして、ついつい殻の中に篭ってしまうというか、格好つけてしまうんですよね。長く活動しているだけに経験やスキルに頼ってしまう。今日のディーンさんのお話を聞いて、やっぱり曝け出さないといけないなとすごく感じますよね。曝け出さずに格好良く見せていては、ダメなんだなって、今日それを、お話聞きながら思いました。ありがとうございました。

 

ディーン:私は京都をとても美しい場所だと思います。美しさというものを長きに渡って追求して来た街だと思います。美しさっていうのはとてもヘンテコなものかも知れないとも思っています。描写するのはとても難しいです。余越さんの作品も残さんの作品も美学、美しさっていうものを表現していると思いますが、コンテンポラリーアートというものは、その美しいって何だろうという、その奇妙さを追究し続けて行くものだと思っています。

 

水野:余越さん、アーティストとして何かありますか?

 

余越:私はニューヨークで35年間活動したので、「何で今更日本に帰って来たんですか?」ってよく聞かれるんですが、今こういう時代に日本の中で生活している、それで作品が作れている状態がとてもラッキーだと思いますね。作る状況は厳しいです、アメリカより何倍も何倍も厳しいですし、日本に帰って来ることで、私は完全にアウェイって言うんですか?知られてないので、お客さんも入らないですし、助成金も入らない、歳も若くないので、全くそういう意味では恵まれていない。でも、作る環境としてはすごくエキサイティングな時代であり、土地だと、環境だと思っています。かつ、京都にいることがすごく私にとってはエキサイティングです。

今の時代はプロデューサーの目線から見れば悲観に見えるかも知れないですけれど、作り手としてはそんなことはない。作る材料がいっぱいあるのに、作る道がないのは悲観です。助成金がない、劇場がない、お客さんがいない、批評がない。そういうのは悲観的なんですが、自分が作家として作るには物凄くリッチで素晴らしい土地、或いは時代。で、私達がここに共有して座っている、こういう場が持てること自体も素晴らしいことだと思いますよ。素晴らしい時代。(笑い)面白い時代。

作家にとってはもう、腕の見せ所だと思うので、今から作ろうと思ってるみなさん、その繊細な感覚、私には全然ないような目線で、もっともっと面白い作品が見たいので、挫けず作っていってください。

 

水野:ありがとうございました。今日は勇気を貰いました。皆様ともこうやって忌憚ない話ができて本当に良かったなと思っています。京都にはこのような由緒ある、それでいて新しいものを含む空間があることに、改めて素晴らしいと感じましたし、ここでトークができたことはよかったです。これからコンテンポラリーな未来に向かう作品にたくさん出会いたいですね。

是非諦めずに、頑張っていきましょう。今日は本当にありがとうございました。

 

 (拍手)

終わり

ディーン・モス Dean Moss

インターディシプリナリィ振付家、メディア作家。ニューヨーク在住。 ニューヨーク現代美術館、マサチューセッツ現代美術館、ウオーカー・アートセンターの他、最近では、パーフォーマンス・スペース・ニューヨークでマルティメディアのパフォーマンス作品を上演。レイラ・アリ(現代美術)Young Jean Lee(演出家)、サミタ・シンハ(実験音楽)と共にフィールドを横断した共同制作を行い、ジョンサイモングッゲンハイム財団、ファンディションコンテンポラリーアート財団のフェローシップやドリス・デューク・インパクトアワード(演劇部門)、ベッシー賞最優秀作品賞他を受賞。1999年より2004年までNY市の先端アートセンターにてダンス&パフォーマンスのプログラム・キュレイターを務めた後、2009年までアドバイザーとして育成プログラムDance & Processを担当。東京芸術大学にて客員教授として1年間招かれ、韓国の国民大学校や、ハーバード大学の美術環境学部にて3年間教鞭をとる。今年9月からはプリンストン大学に専任講師として招かれている。

山下 残
 

振付家、ダンサー。京都市在住。90年代中頃からプロジェクトごとにコンセプトを立ち上げメンバーを集い活動を続ける。2000年以降、伊丹アイホールや京都芸術センターにて複数年をかけた創作の機会を経て、その後、TPAM(横浜)、クンステン・フェスティバル・デザール(ベルギー)、エスプラネード(シンガポール)、ホームワークス(レバノン)、アゴラ・ド・ラ・ダンス(カナダ)等国内外の劇場やフェスティバルでの発表を行う。2015年には韓国・光州アジア芸術劇場から新作の委嘱受け、インドネシア・バリ島にて滞在制作。非常勤講師として2013年から2019年まで京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)、2016年から2019年まで京都精華大学。2011年から2013年までセゾン文化財団シニアフェロー。2017年から2019年にかけて友人であるマレーシアの政治家の立候補から当選までの国政選挙運動に密着取材したパフォーマンスを制作。最新作はアッセンブリッジ・ナゴヤ2019にてビルの屋上に野外舞台を設置したソロダンス。

余越 保子

振付家、演出家、映像作家。広島県出身。2014年までニューヨークを拠点に活動、現在京都在住。日本とアメリカの文学、歴史、ポップカルチャーを題材にしたダンス作品の他、2010年に撮影された映画『Hangman Takuzo」の監督、1990年森鴎外記念自分史文学賞受賞など、創作活動は多岐にわたる。グッゲンハイム美術館、ホイットニ-美術、マサチューセッツ近代美術館、New York Live Arts, The Kitchen、Japan Society、P.S.122 などアメリカ国内での公演の他、Dublin Dance Festival (アイルランド) 、Theatre de la Ville (フランス)などアメリカ国外か らも招聘多数。ジョンサイモングッゲンハイム財団、ファンディションコンテンポラリーアート財団のフェローシップの他、ベッシー賞最優秀作品賞を2度受賞。ダンスボックス主催国内ダンス留学のメンターを務めるなど、定期的に若手振付家のためのクリエーションワークショップ「ダンス&プロセス」を開催している。

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